改札を出たら、回復する
2026-03-19 ・ 再生46分 ・ 読了4分
#8_本当の自分になれる場所!ミスター秋葉原ササキチの偏愛
⚡ この回で得られること
- 改札を出た瞬間にオートリジェネがかかる、それが秋葉原で自分を取り戻す感覚だ
- 毎月何店舗も入れ替わる秋葉原は、来るたびに景色が違うアップデートする街だ
- コンカフェ250件・カードショップ300件、秋葉の顔は数年で塗り替わる
- レトロゲームは外国人需要で高騰し、14歳以下限定で定価販売する店も現れた
- 秋葉を深く知るにはジャンク通りで漁り、分からなければ近くのオタクに聞けばいい
1. セガと秋葉原、幼少期からの偏愛
周りがみんなファミコンを持つ中、川崎の少年だけセガで育った。
今日の収録場所は秋葉原の路地裏、グリーンバックに囲まれた秘密基地のような事務所だ。そこに待っていたのが、自他ともに認めるミスター秋葉原こと佐々木さんだった。
出身は川崎。生まれてすぐの頃から、ゲーマーの母親に連れられて毎月のように秋葉原へ通っていた。周りがファミコンを持つ中、佐々木家にはセガのSG-1000があった。セガの最初のハードだ。
セガって当時からぶっ飛んでてキーボードが繋がったりするんすよ。チャンピオンシップロードランナーの面とか作れる。3歳の時にキーボードを覚えちゃったんですよ。勉強したことないのに、情報処理で1位だったんですよ。
2. 108枚の履歴書
見た目が派手すぎて受かる職場がない。それでも諦めなかった。
ニコニコ動画やスティッカムが普及し始めた頃から、佐々木は顔出しで秋葉原の発信を続けていた。当時オタクが顔出しで配信するのはほぼいなかった。
2007年、秋葉原の参考レア物ショップにアルバイトとして応募する。当時は金と赤の髪で眉毛もなく、受かる職場がほとんどなかった。
108つ目の履歴書で受かりました。受けてきたやつがボソボソ喋るやつとかオタクすぎたやつばかりの中で、「こいつが一番レア物だ」って受かりました。
入社1年以内に店長に抜擢され、9年間働いた。その間もニコニコ放送や秋葉原の情報番組のMC、フリーマガジンのコーナーなど発信活動は続き、そちらが本業を上回るほど忙しくなった。
秋葉原を紹介したり発信したり繋げたりっていうのが増えてきて、それが仕事になるようになって。
やがてフリーランスになり、ミスター秋葉原という肩書きが定着した。秋葉原交流会を主催し、500〜600店舗すべてに足でチラシを配って100社以上を集めたこともある。
3. 改札を出たら、回復する
川崎のオタクに優しくない環境が、秋葉原の価値を際立てた。
偏愛が実生活に支障をきたしたことがあるかと聞くと、佐々木はすぐ答えた。
参考レア物で働いてた時に。休みたくなくて365日働いてました。プライベートが秋葉だから。
なぜそこまで引き寄せられるのか。その核心は、川崎での子ども時代にあった。
まず秋葉原に助けられたことが一番でかい。オタクには一番厳しい街で生きてきたんで。仮面ライダー龍騎みたいな世界だったんすよ。戦わなければ生き残れないって。
カツアゲも日常だった。集めた美少女カードを目の前で破かれ、「お金はいいからそれだけはやめてくれ」と懇願したこともある。命がけでゲームセンターに行く毎日だった。
だけど秋葉原に行った時に、何も隠さないでいれる自分がいて。そのカードとかも「え、そのカードいいじゃん持ってんの」っていう、もう世界が違うんすよ。移動しただけでこんなに違うんだみたいな。
改札を出た瞬間にオートリジェネがかかるんですよ。自動回復が始まって。だから本当に息吸える、自分がいられる街だったんす。
あえて秋葉原に住まないのも、理由がある。
住んじゃうとユーザーの気持ちになれないと思って。秋葉ログインしてログアウトするっていう言葉があって。近くに住んじゃうと行かなくなるじゃないですか。ワクワクしてログインしたくて。
4. 秋葉を知り尽くした男の歩き方
大通りより路地。知識より体験。宝は奥にある。
秋葉原の楽しみ方を聞くと、佐々木はまず「大通りはいつでも来れる」と言った。
まず探索できる場所を教えるかな。手に取れる場所をなるべく。ジャンク通りは絶対最初に連れて行きたいかな。
ジャンク通りは中央通りから2本裏、まんだらけが入っているあの通りだ。
奥側の方に行けば行くほど楽しいので。かごに外にバーンと置いてあるやつを実際手にとって。PCも来るたびに値段が違うし、この店はパナソニック系が強いとか、レノボならあそこ行った方がいいみたいなのが分かってくるとめちゃくちゃ楽しくなる。
分かんなかったら聞けばいいんすよ。下手すると近くにいるオタクが「これ何ですよ」って教えてくれる。教えたがりが多いんで。
隠れた名店も教えてくれた。リバティーさんの3階にある「ボルトコーヒー」は10年以上続くハンドリップの名店。たい焼き屋の地下のイタリア料理「フレスカ」では、生姜焼きとパスタとご飯とサラダが弁当箱に詰まった「フレスカ弁当」が1200円で食べられる。牛丼サンボは仙台のおじさんの代から仲良く、みんなが「そんなに喋るの?」とビビるほど話し込む店だという。
歴史を知ると秋葉原はもっと深くなる。
おなり街道の架道橋は江戸時代に殿様が通る道だった。当時あの高さで架道橋を作るのは世界的にも珍しくて、有名な架道橋だったんすよ。いまだに稼働してるのがすごい。
万世橋駅は東京駅よりも有名なぐらいだった場所で、東京駅のモデルだった場所ですよ。同じ人が作った。
元々電気の街じゃなかった。馬喰町の織物商人が集まる様子を見て「電気のパーツも集まればいいんじゃない」って集まってきたのが秋葉原なんですよ。
秋葉ラジオセンターとかラジデパとかも、普段興味ないと思うんですけど入ってみるとめちゃめちゃ面白くなる。沼れる街っすね。
5. アップデートする街の、今と未来
コンカフェ250軒、カードショップ300軒。秋葉原の顔は、また変わる。
秋葉原行くと、毎日景色が違うから。1ヶ月に何個か変わったり、生まれたりするんすよ。
現在の秋葉原の主役はコンカフェとカードゲームショップだ。
カードゲームショップだけで300件、コンカフェで250件。
ポケモンカードは定価の4〜5倍で転売が横行し、14歳以下限定で定価販売する店も現れた。レトロゲームは外国人観光客の爆買いで在庫が急減している。
もう日本人向けじゃなくて海外の人向けに商売を変えたとこがあるんじゃないですかね。そっちの方が売れるし、大量に買ってくので。
シフトチェンジできた店と、できなかった店で生き残りが変わってきていると言う。次の流行りはアクティビティだという予測だ。ゲームボーイの自作体験、ラジデパの家電のケンちゃんで揃えるミニPC制作体験——秋葉原には「当たり前すぎて見えていないコンテンツ」がまだある。
僕たちは秋葉にいすぎで当たり前になっちゃって。当たり前じゃねえぞって話なんですけどね。
佐々木の野望はシンプルだ。
隠れたオタクを引っ張り出しながら、秋葉原と友達になってもらって。やっぱ秋葉原ナンバーワンだねと言わせたいなっていうのが僕の野望です。
今年も世界10回・6〜7カ国を回り、小野電のDJから始まる秋葉原のスイッチを入れ続ける。改札を出るたびにオートリジェネがかかる、あの瞬間の感覚を、一人でも多くの人に届けるために。
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